学習のためのネットワーク ーThe Learning Webー
価値の制度化をおし進めていけば必ず、物質的な環境汚染、社会の分極化、および人びとの心理的不能化をもたらすことを示そうとしたイヴァン・イリイチの『脱学校の社会』という本があります。1970年に出版された本ですが、現在、これらの問題が現実として、顕著に現れてきているように思います。
学校というものが目的を実現する過程と目的とを混同させ、過程と目的の区別があいまいになると価値が制度化されてしまいこれが「学校化」されると……
彼の想像力も「学校化」されて、価値の代わりに制度によるサービスを受け入れるようになる。医者から治療を受けさえすれば健康に注意しているかのように誤解し、同じようにして、社会福祉事業が社会生活の改善であるかのように、警察の保護が安全であるかのように、武力の均衡が国の安全であるかのように、あくせく働くこと自体が生産活動であるかのように誤解してしまう。健康、学習、威厳、独立、創造といった価値は、これらの価値の実現に奉仕すると主張する制度の活動とほとんど同じことのように誤解されてしまう。そして、健康、学習等が増進されるか否かは、病院、学校、およびその他の施設の運営に、より多くの資金や人員をわりあてるかどうかにかかっているかのように誤解されてしまう。 <なぜ学校を廃止しなければならないのか> イヴァン・イリイチ 『脱学校の社会』 東京創元社 1977年
そのような状況から脱出するために、イリイチはオルタナティブな教育/学習の方法を考案しています。
事物・模範・仲間および年長者が、学習に必要な四つの資源である。すべての人がそれを充分に利用することができるようにするためには、その一つ一つは、異なったタイプの取り合わせを必要とする。私は、四つの資源のいずれをも利用可能にする特別な方法を表すものとして、「ネットワーク」の代わりに「機会の網状組織」(opportunity web)ということばを用いよう。不幸なことには、「ネットワーク」ということばは、教化するとか、人に教えるとか、あるいは人を楽しませるなどのために、他人によって選び出された材料を送るための経路を意味するものとしてしばしば用いられる。しかし、それはまた主として相互にメッセージをやりとりしようとする人が利用する電話や郵便事業をさすものとしても使われる。私は、相互に利用できるそのような網状の構造を示すものとして別のことばがあればいいと思う。つまり、誤解を生み出すようなことがより少なく、現在の用法によってあまり品位を下げられたものではなく、また、そのような資源の取り合わせには、法律的、組織的、および技術的側面があるという事実をもっとよく示すことばがあればよいと思う。そのようなことばがまだ見当たらないので、私は、「教育のための網状組織」の同義語としてネットワークということばを用いながら、足りないところは補い、利用可能なものとしたい。必要なのは、公衆が容易に利用でき、学習をしたり、教えたりする平等な機会を広げるように考案された新しいネットワークである。 <学習のためのネットワーク> イヴァン・イリイチ 『脱学校の社会』 東京創元社 1977年
ここには「opportunity web」という言葉があります。一般的には情報が伝わる経路として「ネットワーク」という言葉が使われますが、その教条化された言葉に変わるものとして「ウェブ」という言葉を使いました。このイリイチの考え方をハッカーたちはいち早く取り入れ、WWWやフリーソフトウェアーの活動によって実現しました。たとえば、フリーソフトウェアーのコミュニティでは、誰もがウェブ上から参加できるメーリングリストや掲示板を使って、初心者ユーザーからそのプログラムを書きはじめた人たち、アーティストや法律家までが互いに学習したり教え合いながら、そのフリーソフトウェアーの品質や価値を向上させています。
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